『ああ野麦峠』賠償予定・前借金相殺の禁止(労働基準法16条・17条)

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映画『ああ野麦峠』では、主人公の女工(未成年労働者)が体調を崩し工場で死なれると困るからと追い出され、故郷に帰る途中で死んでしまいました。
死んでしまうまで体調を崩して少女が工場で働き続けたのは、なぜでしょうか?
損害賠償の予定と前借金と賃金との相殺が、労働契約にあったからです。

賠償予定の禁止(労働基準法16条)

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

民法では当たり前の賠償予定を、労働基準法では禁止しています。

違約金・損害賠償を受け取ったかどうかが問題なのではありません。
違約金・損害賠償額を予定する契約を締結したら、それだけで使用者(会社)は労働基準法16条違反です。使用者(会社)は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金となる刑罰を受けることになります。

民法420条(賠償額の予定)

当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。
2 賠償額の予定は、履行の請求又は解除権の行使を妨げない。
3 違約金は、賠償額の予定と推定する。

戦前(戦前でも1916年工場法施行令で禁止されました。)は、契約期間満了前に労働者が辞める場合・会社に損害を及ぼした場合のために損害賠償額を予定する契約をむすぶことがありました。
1916年工場法施行令で禁止され労働基準法16条がこれを引き継いでいます。
そして憲法18条、労働基準法5条と合わせて不当な労働の拘束からの自由を保障しています。

前借金相殺の禁止(労働基準法17条)

使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

戦前は子どもを働かせることを条件として会社・工場から親が借金して、この借金を子どもの賃金から返済(賃金から差引く)する契約が行われていました。

親の借金を返すために子どもは会社・工場を辞めることができず、借金の返済のために本来受け取れる賃金の一部しか受け取れないので生活に困ることになりました。前借金の返済のために賃金を全く受け取れずに働く人身売買もありました。

労働基準法17条で前借金と賃金を相殺することを一切禁止しました。相殺した場合、使用者は6ヶ月以下の懲役または3万円以下の罰金の刑罰を受けることになります。

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娘が働くことを条件に父親が前借金をしていましたから工場を辞めるわけにはいきませんでした。
前借金を賃金から返していた(相殺されていた)ので、女工(少女労働者)は工場から逃げられず死んでしまいました。

娘の労働契約について父親に説明している中で契約期間中に辞めた場合に会社が受ける損害額をあらかじめこの金額とするという損害賠償額の予定が読み上げられていました。
契約期間満了する前に工場を辞めたら損害賠償金を支払わければならなくなるので、女工(少女労働者)は工場から逃げられず死んでしまいました。

貧しい山間部で生活する貧困な家庭のこどもが山を超えて工場に住み込みで働きにでかけました。

このような契約が結ばれたことの背景には貧困があります。
しかし、貧困であれば対等でないことを承知でこのような契約を結んでしまうようでは困ります。

15年戦争が終了(敗戦)して、戦後につくられた日本国憲法ではじめて「人権」が保障されました。
戦前の憲法には人権はなく、奪うことのできる臣民の権利でしかありませんでした。

人権を保障するための具体的な法律として労働基準法がつくられたのです。

労働契約の不履行について違約金・損害賠償額を予定する契約が結ばれ、前借金と賃金が相殺されるとどんなことになるのか?
映画『ああ野麦峠』を観るとわかります。

前借金と賃金が相殺されてしまうので、賃金が全額では支給されない。前借金が残っている間は仕事を辞めると全額返済を求められるので退職の自由がない。

あらかじめ損害賠償の額が予定されているので、工場(会社)を辞めると損害が発生していなくても損額賠償を支払わなければならないので退職の自由がない。

なぜ戦後に人権を保障した日本国憲法がつくられたのか、16条17条の問題だけではなく労働基準法の各条がつくられたのか(労働組合法もそうですが)。

“人権は大切です”と聞くよりも、人権がないというのはどういうことなのかを知る方が人権を理解できます。

映画『ああ野麦峠』を観てみると、人権のない戦前の社会が見えてきます。

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参考文献
・平成22年版『労働基準法』上巻(労働法コンメンタールNo.3)
・新基本法コンメンタール労働基準法・労働契約法 別冊法学セミナー (別冊法学セミナー no.220)

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暖かくて梅の花がきれいに咲いています。このまま寒くならずに春になってほしいです。

今日の1日1新:セブン-イレブンの3色おやつパン(チョコ、クリーム、あんこ)。

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小倉健二(労働者のための社労士・労働者側の社労士)Office新宿(東京都)

小倉健二(おぐらけんじ) 労働者のための社労士・労働者側の社労士 労働相談、労働局・労働委員会でのあっせん代理 労災保険給付・障害年金の相談、請求代理 相談・依頼ともに労働者の方に限らせていただいています。  <直接お会いしての相談は現在受付中止> ・mail・zoomオンライン対面での相談をお受けしています。 1965年生まれ57歳。連れ合い(妻)と子ども2人。  労働者の立場で労働問題に関わって30年。  2005年(平成17年)12月から社会保険労務士(社労士)として活動開始。 2007年(平成19年)4月1日特定社会保険労務士付記。 2011年(平成24年)1月30日行政書士試験合格  
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