「頑張るしかない」わけではない。ダウンシフトする、ミニマリストとして生きるという選択もある。

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頑張る。頑張らない。

頑張って生きてきたけどもう頑張れない。あるいはそもそも頑張れない。

頑張る生き方は素晴らしいことの1つかもしれないけれど、頑張らないという生き方もあります。

頑張る、頑張らない。

両方の生き方があって、どちらを選ぶこともできるという選択肢があれば、そのときに応じて、その人に応じて、自分で選ぶ自由があると言えます。

選んだ結果どうなるかわからないので、ナショナルミニマム・セーフティネットで人それぞれの選択した人生の結果を安心して生きていけるようになると思いますが、今日は、そもそも選択肢として、意識に持てるか、知っているかという問題です。

もちろん、頑張るか頑張らないかの二者択一しか選択肢がないわけでもありません。
頑張るとか頑張らないは人生のさまざまな問題の1つの切り口にすぎません。

“頑張る生き方”は自分の価値観が強い生き方。価値観をゆるめる必要がある生き方

私自身は高校卒業間近までのんびりとボーッとして生きていました。
高校の授業が終わると家に帰って、畳の上に寝っ転がって、流れる雲を窓から何時間もボーッと眺めていたりしていました。

(今でも年に何回か、奥多摩でリクライニングシートに寝っ転がって何時間も山と空をボーッと眺めてビール飲んでいたりします。)

高校卒業間近になって大学進学の準備から大学生になってからはバイト・出稼ぎ、通学、卒業してからは仕事とボランティア、頑張るという方法しかないとでも思っていたかのような生き方をしてきました。

その上に、働く上で困っている人の役に立ちたいと社会保険労務士の受験の勉強をし、生活に困っている人の生活保護申請で役に立ちたいと思い行政書士の受験の勉強をし、仕事とボランティアと資格取得の勉強と“頑張って”生きてしまいました。

それはそれで楽しくて良かったのですが、問題がありました。

自分が頑張ってしまっていると、頑張っているように見えない人のことをもっと頑張ればいいのになぜそうしないのだろうとイライラしてしまうことがあったということです。

困っている人の役に立ちたいと思ってはじめたことなのに、困っている人を見たときにイライラとしていることがあったのです。

社労士試験受験のときには、記憶するためのカードを持って歩いていました。
街を歩いているときに、何かを読まずにただ歩いている人が不思議に思えました。
ただ歩いているなんて、とても不思議に感じていました。

これでは何のために、頑張ってきたのか、全くわからなくなってしまいます。

ミヒャエル・エンデのモモが私を見たら何と思ったか、恥ずかしい話です。

“自分の価値観をゆるめる”という考え方を、あるセミナーで何年か前に知りました。

(この講師がアメリカに留学しているときに、それまで悩んでいた自分の特性から天職・天命として自分のやるべき仕事・職業を見つけたという話で“mission”ではなく“calling”という言葉を使っていたのがとても素敵な印象があったので、Blogのタイトルに“calling”をつけています。)

講師はNLPのトレーナーの資格を持っている人でしたのでNLPの考え方によるものかもしれません。

自分自身に対して厳しい基準で生きていると、他人に対しても厳しい基準で見てしまうのだということでした。

“人に優しく自分に厳しく”ということはよく言われることですが、実際には自分に厳しい人は他人にも厳しくなってしまうということでした。

自分のモットーに価値観は表れているとのことでした。

たとえば「やればできる、必ずできる」がモットーの人であれば、
必ずできるはずなのにできていない自分は必要なことをやっていないのだと自分を責めたり、
あの人はやればできるのにやらないからこんなことになっているのだと他人を責めたりする思考をするようになってしまうということです。

自分の価値観は今の自分を作り上げる上で役立った大切なものですし、全部を捨ててしまうことはできませんしその必要もありません。

ただ、自分の価値観は自分と他人を縛ってしまうものなので、少しだけでも緩めることが大切だということです。

他人から見たらとても努力して頑張っているようでも、自分が楽しいからとことんやっているだけで努力なんてしていないし頑張ってもいない、という方は、“頑張る”価値観に縛られているのではないと思います。

こういう方は他人に対してもっと頑張れとは思わないでしょう。

働いていて困っている方(労働問題の当事者)、生活で困っている方(生活困窮者)の話を聞いたり・見たりしたときに、もっと努力するべきだとか自助努力が足りないなどと感じてしまう方というのは、もしかしたら、“人は頑張るべきだ”という価値観を持っていて、自分自身も精一杯努力しているのか、あるいはもっと努力しなければならないのにできていないと自分を責めている、そういう方なのかもしれません。

自分が持っている価値観がどういうものなのか、自分ではわからないものかもしれません。
あなたの好きなモットー・座右の銘は何でしょうか。それを書き出してみましょう。
モットー・座右の銘はあなたが持っている価値観です。

そして、あなたの価値観に気づいたら、それを少しだけゆるめてみてはいかがでしょうか。

頑張って生きてきたけどもう頑張れない。あるいはそもそも頑張れない。➡ 頑張らない方がいいのかもしれません。

ダウンシフトする生き方、ミニマリストとして生きるという生き方もある。

頑張って生きる生き方・頑張らない生き方。

社会保障や労働法のことについて、紹介するときに、いつも心に引っかかっていることがあります。

たとえば、労働基準法・労働契約法・労働者災害補償保険法・雇用保険法・健康保険法・厚生年金保険法などは、労働者(勤め人や勤めようとする人)を対象とした法律です。

日本は高度に進んだ資本主義経済の社会ですから、多くの方が働いて賃金を得て生活をする労働者です。
この多くの労働者の方が働いて賃金を得て生活をしていけるための法・制度が労働法であり社会保険です。

労働法や社会保険の話をするときに、あなたは勤め人(労働者)として生きていく他には道がないのだと、無言のメッセージになってしまっていないか、いつも心に引っかかっています。

最低限の必要なもの以外の物を持たない、最低限のお金しか使わない生活をすれば、少ない収入でも生きていける。

勤め人(労働者)として生きるしか方法がない、苦しくても辞めるわけにはいかない、頑張るしかない。
勤め人として生きる生き方もあれば、勤め人をやめてダウンシフトしてミニマリストとして生きる生き方だってある。

勤め人だったら頑張って生きると決まったわけではありませんが、勤め人として生きることが苦しいと感じている人がいるのなら、頑張って勤めることも、辞めてダウンシフトする生き方もある。

頑張る生き方も、頑張らない生き方もある。

どちらの生き方も選択肢としてあって、そのことを知っていて、どちらを選ぶのも自由で、あなたが選んだ結果として、あなたが労働法や社会保険を活用するためのお役にたちたいと考えています。

あなたも、ダウンシフトする生き方、ミニマリストとして生きる自由もあるのかもしれませんよ。

(こちらは私は実際に経験していることではありませんので、紹介にすぎないのですが…。)

ぼくたちに、もうモノは必要ない。 – 断捨離からミニマリストへ –

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次の時代を、先に生きる。 – まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ –

「年収6割でも週休4日」という生き方

週末の1日1新

田植え体験・アシタバ

はじめての田植え体験(30分位の体験でしたが楽しかったです。)

名前しか知らなかったアシタバ。取ってすぐに茹でていただきました。

大学のゼミ合宿は毎年、伊豆のあしたば荘という民宿でしたので、
アシタバという植物があることは知っていましたが、見たのははじめてでした。

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小倉 健二 ( 特定社会保険労務士 )東京都 ※相談は新宿近辺にて

小倉健二(おぐらけんじ) 1965年生まれ53歳。連れ合い(妻)と子ども2人。 労働者の立場で労働問題に関わって30年。 2005年(平成17年)12月から社会保険労務士(社労士)として活動開始。 2007年(平成19年)4月1日特定社会保険労務士付記。 2011年(平成24年)1月30日行政書士試験合格
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