実家に帰るために8月に夏休みとして5日有給休暇を取りたいと会社に伝えた。
「有給休暇を申請(請求)するのは勝手だけど、却下するからね」と言われてしまった。
「有給休暇をいつ取りたいって言うのはお前の勝手だけど、仕事が忙しいんだから拒否する権利が会社にはあるんだゾ!」って言われたけど、本当なの?
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年次有給休暇(年休)は労働基準法に定められた労働者の権利
以下の「労働者」をあなた自身とお読みいただき、「使用者」とはここでは会社とお読みください。
労働基準法39条5項
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。
ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
有給休暇・有休・有給。
労働基準法39条で定められている年次有給休暇(以下「年休」)は出勤日数などの要件を満たすと、自動的に権利が発生する労働者が取得する休暇の権利です。
自動的に発生する権利ですから、就業規則に制度が書かれていないからウチの会社では年休取れないんだよ〜ということにはなりません。
自動的に発生する権利ですから、労働者が請求して権利が発生するものでもなく、発生している年休の権利を具体的にいつ取得するか?具体的な日時を指定して労働者は使用者に伝えるだけの話です。
「時季」とはいつからいつまでという具体的な日付のことを言います。
冒頭の会話のやりとりは、労働者の年休の時季指定権と使用者の年休の時季変更権の問題のようです。
「有給休暇をいつ取りたいって言うのはお前の勝手だけど、仕事が忙しいんだから拒否する権利が会社にはあるんだゾ!」が本当の話なら、権利と言ったって労働者は自分が休みたい・用事があるときに年休を取れないことになってしまいます。
そんなことはありません。
年次有給休暇(年休)の時季指定権(労働者)と時季変更権(使用者)
【時季指定権(労働者)】
使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。
労働基準法39条5項前段
労働者には時季指定権(いつからいつまで年休を取得すると指定する権利)があります。
時季を指定することに使用者の同意は必要ありません。事由は問いません。
【時季変更権(使用者)】
ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
労働基準法39条5項後段
使用者には時季変更権(労働者が指定した時季を変更する権利)があります。
時季を変更することに労働者の同意は必要ありません。
しかし、時季変更権は事業の正常な運営を妨げる(客観的事情がある)場合にだけしか認められません。
時季変更権を行使することが認められる「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、
たとえば年末など特に業務繁忙期や同じ期間に多数の労働者が年休取得の時季指定をしたため全員には休暇を与えることができないなどが考えられます。
ただし、使用者には労働者が年休を取得できる人員配置をする義務がありますので、単純に繁忙期だからなどは事業の正常な運営を妨げるとはなりません。
人員配置をした上でも多数の年休の時季指定が重なったなど客観的な事情があることが必要です。
「事業の正常な運営を妨げる場合」であるのかどうかは、年休の時季指定をした労働者が所属する事業場を基準として、事業の規模、内容、その労働者が担当する作業の内容、性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行など諸般の事情を考慮して客観的に判断すべきであるとされています。
事業の正常な運営を妨げる(客観的事情がある)場合かどうかは、個別具体的に判断するということです。
このように、使用者には労働者が指定した時季に休暇が取得できるように状況に応じた配慮義務・代替要員確保努力義務があり、時季変更権の行使は大きく制限されています。
そのため、使用者が配慮義務・代替要員確保努力義務を果たすためには、年休の時季指定権の行使を休暇日の一定日数・一定時間「前までに行なう」べきであると規定する就業規則の定めることは合理的なものである限り有効であるとされます。
このことからもわかるように、労働者の時季指定が早ければ早いほど、配慮義務・代替要員確保努力義務を果たすことができますので、使用者は時季変更権を行使できないことになります。
一方で、長期連続の年休の取得で年休の一部については時季変更権の行使を認めている判例がありますので取得日数が長期連続となる場合は注意が必要です。
報道記者が1ヶ月にわたる24日間の連続的年休を請求したのに対し、会社が後半の12日間について時季変更権を行使した事件で、請求された期間の後半部分は代替勤務者の確保が困難であるとした使用者の判断は適法だと判断された判例があります。
「有給休暇をいつ取りたいって言うのはお前の勝手だけど、仕事が忙しいんだから拒否する権利が会社にはある」と言われたら、どうしたらいい?!
先ずは年休の時季指定権を行使しましょう。
いつからいつまで年休を取得すると書面(またはmail)で会社に伝えましょう。
年休取得に限らず、トラブル(労働問題)に発展する可能性があることについては使用者とのやりとりを記録しておくことが大切です。
できる限り、口頭ではなく文書で、文書やメモには年月日時分を記入すると後々記録として役立ってきます。
社内パソコンを利用する場合はmailをサーバーからも削除される可能性がありますのでmailも送信元・送信先・送信日時などのヘッダー情報も表示した状態で印刷して保存しましょう。
やむをえず口頭でやりとりする場合はICレコーダーなどで記録しておく方法もあります。
労働者の時季指定権の行使が遅いと、使用者が配慮義務・代替要員確保努力義務を果たせず時季変更権を行使せざるを得ないとされてしまうかもしれません。
年休を取得する時季が決まっているのでしたら早めに時季指定権を行使しましょう。
使用者から時季変更権を行使する(指定した時季に年休を取得させない)と言われた場合は、理由・事情の回答を求めましょう。
後で、時季変更権を行使していない出勤して働いていただけだなどと主張されないためにも書面(またはmail)による回答を求めます。
回答内容から事業の正常な運営を妨げる(客観的事情がある)場合かどうか判断し、納得できないものであれば時季変更権は行使できないと主張します。
そして、必要であれば、労働委員会や労働局によるあっせんを申請してみてはいかがでしょうか。
裁判が多くの費用と時間がかかることに比べると、労働局や労働委員会の「あっせん」は費用が安くて手続きが早いのが特徴です。
代理人に依頼せずに自分だけであっせん申請した場合は費用はかかりません。
解決までの期間を中央値で見ると、労働局による「あっせん」は約2ヶ月、労働審判は約5ヶ月、裁判上の和解は約14ヶ月です。
(2014年4月20日労働政策研究報告書 No.174独立行政法人労働政策研究・研修機構)
2018年度労働局による「あっせん」申請をした5,201件のうち98.5%が労働者からのものです。
「あっせん」という制度が労働者にとって身近な解決方法であることをおわかりいただけると思います。
使用者が時季変更権を行使すると言ったまま、指定した時季がきたらどう対応する?
それでは、使用者が時季変更権行使の撤回をせずに、指定した時季がきてしまった場合はどうしたら良いでしょうか。
(1)指定した時季に年休を取得する。
欠勤として賃金カットされるなどの不利益がなければ、結果として年休を取得できたことになりますので良いのですが、
賃金カットなどの不利益、懲戒処分がなされる心配があります。
賃金カットなどの不利益や懲戒処分があった場合は、違法な時季変更による未払賃金の支払いや不当な懲戒処分の撤回など裁判で争うことができますし、ここでも労働委員会や労働局によるあっせんを申請することができます。
(2)指定した時季に年休は取得せずに出勤して仕事をする。
出勤して仕事をしていますので賃金カットや懲戒処分はできません。
違法な時季変更によって年休を取得できなかったことについて、後日、労働委員会や労働局によるあっせんを申請することができます。
(3)まったく別の方法として、労働組合で使用者と団体交渉する。
8月などは夏休みを希望する方が多いのであれば、労働者間の調整はどのようにしていますでしょうか。
会社や部署が一斉休業する職場でない場合は、夏休みを取る人を週ごとに割り振って重なる人数を調整するなど職場でのこれまでの慣行はどうなっていますか
代替要員など人員体制はどうなっていますでしょうか。
人員増や人員体制の変更などは、会社の中だけで1人の労働者が主張するのでは難しい場合があります。
会社に労働組合があればその組合に加入する、会社内に労働組合がない、あるいは労働者の立場で会社と団体交渉を行わない労働組合であれば、会社外の労働組合に加入することもできます。
会社は労働組合から団体交渉を拒否できませんし、誠実に交渉に臨む義務があります。
先ずは年休の時季指定権を行使し、労働組合で団体交渉を行なうという方法があります。
個人的な見解なのですが、使用者が時季変更権の行使を撤回せずに指定した時季を迎えた場合は、
指定した時季に年休は取得せずに出勤して仕事をして、(2)(3)を選択してはいかがでしょうか。
(2)後日労働委員会・労働局のあっせんを申請する。
(3)労働組合で使用者と団体交渉する。
(3)団体交渉のような闘争でなく公的機関が間に入った話し合いによる解決を望む場合は、
(2)行政(労働局や労働委員会)が間に入った話し合いによる解決方法「あっせん」を検討していただければと思います。
労働局・労働委員会による「あっせん」申請はあなたご自身で行なうことができます。
労働委員会・労働局による「あっせん」については、こちらの記事で紹介しました。
「内向型」労働者へお勧めしている労働局・労働委員会「あっせん」。対象となる紛争は何?
【不当解雇】内向型タイプで会社に直接抗議ツライなら労働局「あっせん」利用しましょう
あなたご自身で申請手続きをするのではなく、代理人に手続きを依頼したい場合は、特定社会保険労務士を代理人とすることができます。
代理人となった特定社会保険労務士は「あっせん」申請から和解契約の締結まで、あなたの代わりとなって手続きをすすめます。
【編集後記】
・労働者には年休の時季指定権がありますから、時季を指定したことを証明できれば良いのです。
・使用者には時季変更権がありますが、時季変更権は事業の正常な運営を妨げる(客観的事情がある)場合にだけしか認められません。
そして事業の正常な運営を妨げる場合は極めて制限されていますので、使用者が事業の正常な運営を妨げる場合に当たるとして時季変更権の行使が適法であることを証明することは大変です。
年休の労働者による時季指定権と使用者による時季変更権とを比べると、余程ひどい時季指定権の行使でない限り、法的には圧倒的に労働者に有利な権利であることをおわかりいただけるのではないでしょうか。
年休は働く上で労働者にとってとても大切な権利です!
あなたが正当な権利を行使して時季を指定した年休を取得できるように応援しています(^^)。
特に「内向型」労働者のあなた。
内向型タイプはとくに疲れやすい特性がありますから、年休をきちんと取得して自分をいたわりましょう。
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小倉健二(労働者のための社労士・労働者側の社労士)Office新宿(東京都)
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